「学力の二極化問題」という言葉があります。所謂「ゆとり教育」の初期から問題として指摘されてきました。「ゆとり教育」によって学校での勉強量が減ると、それ以外での勉強の機会や環境によって学力に差が出る恐れがあるとされていました。私はちょうどその頃静岡市PTA連絡協議会(市P)副会長をしておりましたので、この危惧は盛んに議論されたことを覚えています。今では、成績の分布は偏差値70程度と30程度の二つに山が出来、中間が少ないという「二極」がはっきりと見て取れます。しかしながら、「学力の二極化問題」は単に教育の問題のみではありません。バブル経済の崩壊後の経済低迷期にあっては社会のあらゆるところで「二極化」が進行しております。かつては「一億総中流」と言われ、一部のお金持ちや生活困窮者を除けば大多数の国民が中間層にありました。それと同様に、今までの常識で言えば、例えば自分の学力偏差値などが40~60の枠の中にあるならば「私は普通」「中流家庭だ」「平均的日本人だ」というような漠然とした安心感がありました。しかし、現在は明らかな「二極化」の時代になっています。「大学偏差値」「小・中・高校生の学力偏差値」「各企業の収益」「各家庭の所得」・・・それらすべての数字が正規分布を離れて「二極化」しています。大変言いにくい事ですが、現在の社会事象において「子どもの学力偏差値」のグラフと「家庭の所得」のグラフは同型の山を描きます。また日本教育社会学会などの報告でも子どもの学力と家庭の所得が比例している事実が述べられています。学力の上位層にいる子どもの家庭は経済的にも親の教養面的にも比較的豊かである場合が多いのです。東大生の半数以上が年収1000万円以上の所得者家庭に育っているのも事実です。現状において家庭の経済的ゆとりと子どもの学力に相関関係があるのは明らかです。
二極の下の方の極に入る生徒さんやその家庭に多くの共通点が見られます。家庭的には生徒の成績に無関心または関心はあるけれども具体的な手を打てずにいる事。生徒さんにあっては、勉強の仕方がわからない、勉強する意味がわからない、勉強するのが嫌いなど「学習意欲の二極化」でもあります。「教育環境の整った家庭の子は、親を見て『なぜ勉強をするのか』という大切さをわかっているから、前向きな気持ちで学習に取り組む。一方、そうでない家庭で育った子たちにありがちなのは、『無理して大学に行っても就職できない。就職してもすぐに首を切られると考え,将来の夢(目標)がない』ということです。
 子供の貧困問題が注目を集める中、民間団体や国も様々な支援をしています。教育は「国を建てる基」でありますから、社会的コストとして国民みんなで負担していく必要があります。
賢成義塾では家庭の事情で塾に通えない生徒さんには、「授業料無料」で受け入れもしております。私も微力ながら、成績下位グループの生徒さんには積極的な支援をして参ります。成績を伸ばしたいとお考えの生徒さん、保護者様ぜひ賢成義塾までお問い合わせください。